町に外国人が増えすぎると

3月 14th, 2012

ここのところ、町を歩けば普通に外国人がうろうろしています。私がまだ小さかった頃は外国人はとても珍しくて、見かけてたら皆で「ハロー!!」って声かけていたものです。

国際交流が進んでいいことかもしれませんが、実は、私は一抹の不安を覚えているのです。それは、日本の文化が日本の文化でありつづけられるか、ということです。

文化というのは、そこに住んでる人が作っていくものだと思いますが、外国人が増えることによって、日本の文化が他国の文化と融合して、元の日本の文化や伝統というものがなくなってしまうのではないだろうかと近ごろよく考えるのです。

「日本人は慎ましい」「奥ゆかしさが美徳」そんなのいつの話?みたいになって、「日本人像」自体が変わってしまうんじゃないかと危惧しているのです。

日本は島国で小さな国ということもあって、ヨーロッパやアフリカで起きているような民族まるごと移動してくるとか、大量の難民を受け入れるということがなかったので、私のような閉鎖的な考えになってしまうのかもしれませんが、そう考えると、そういう人たちを受け入れてる国ってすごいなぁと思いました。

たとえば、大量の韓国人が日本にきて、「俺、日本国籍取得したからこれから日本人。」とかいって、韓国の文化をまるで日本の文化のように世界に発信し始めて、でもすでに日本の経済を支えてるのは韓国人で、企業の社長は中国人ばっかりになっちゃって・・・あぁ、考えるだけで恐ろしいです。

世界は仲良く、ひとつになってほしい、国境なんてなくなれば(旅行が楽)とは心から望んでいますが、でもそれぞれの文化は大切にしたいものですね。日本の中でもそれぞれ都道府県ごとに特徴があるから旅行にいって楽しいのであって、日本固有の文化、守っていきたいですね。

うちの近所の中国人が、日本車のスイフトを購入したんですが、
購入理由が、「北島康介が宣伝してるから!」だそうです。日本人だけでなく中国人にも人気なのですね。びっくりです。

世の中の柔軟さについて思うこ

3月 12th, 2012

昨日、江國香織さんの「きらきらひかる」を読んだ。
十代の頃、さらっと読んだけれど、
あの当時読んだ純文学小説の中では、かなり画期的な人間関係図が出来ていたように思う。
それは、さらっと読ませてしまう江國香織さんだからだとも今更のように思った。

あの当時、知る人は少数だったが、
日本映画「渚のシンドバット」「二十歳の微熱」、
海外だと「モーリス」が発表されていた。
そうした流れとは別だとは思うが、
短大の近現代文学の教科書には堀辰夫の「燃ゆる頬」という作品も掲載されていた。
カンタンに説明すると、これらの作品には同性に惹かれる人の心が描かれている。

ちょっと遡るが、
一月末の新聞に心と体の性別が一致しない生徒さんについての取り組みが載っていた。
心と体の性が一致しない生徒さんのいる学校に、
他の学校から性同一障害を抱える別の学校の先生に来てもらい、
講演をしてもらうことで、学校全体での理解や偏見をなくす試みについて書かれていた。

ご本人の闘いは安易に想像できないが、周囲が受け入れてくれるかどうか、
認めてくれるか、その違いはとても大きいと感じた。
知るということ、理解するということ、そして、その先にある壁を思う。

「きらきらひかる」は平成3年に刊行されている。今から何と21年前だ!
21年後に、学校で様々な生徒さんが、
「ありのままで」生活するための試みに取り組んでいる。
この記事の向かい側、同じ日の新聞には、
お産のために他県から都内への遠方の通院を解消するための取り組みについて、
詳しく書かれていた。

命は、多くの人の血と心が繋がれて、この世に新たに送りだされる。
そのことを考えると、本当にどれだけの人に感謝をしたらいいのか分からない。
その一方で、決められた学校内容を終えた後、
自分の行き先について、身の振り方について立ち止まってしまうことがある。

こうでなければ、こうあるべき、という考えは、
長らく常識に則り根拠もあるものだと感じる。
それと同時に、時代はこの人はこういう人なんだ、というような、
柔軟性を模索し始めたのだとも感じる。
 
命と心の尊重される、優しく、しなやかに強い社会の到来を、
新しい年の最初の月に発行された新聞の記事を読んで感じた。